2010/06/21
医療不足、過重労働の悪循環
「心臓が止まっています」。生後7カ月の長女の病状を医師から告げられた滋賀県彦根市の女性(34)は、その言葉を放心状態で聞いた。
昨年春の休日の朝だった。女性は長女の息がいつになく荒いのが気になった。休日診療の当番医に診てもらったが、原因は不明。一度帰宅して様子を見たが、夕方に呼吸が乱れて意識不明の状態に。背筋が凍った。
近くの民間病院に運ぶと、心臓病の疑いがあると告げられた。十分な設備がなくすぐ転院に。駆け付けた救急隊員が受け入れ先を携帯電話で問い合わせたが、専門医の非番などを理由に近くの2つの公立病院で受け入れられず、到着まで約50分かかる近江八幡市立総合医療センターへ救急車が走った。
センターに着いたのは午後9時ごろ。間もなく長女の心臓はいったん力尽きた。すぐに集中治療室で懸命な心肺蘇生(そせい)が始まった。人工呼吸器と何本もの点滴につながれた長女と母が面会したのは、翌日午前3時だった。
長女の目はうつろだった。「とにかく安心させてあげたい」。女性は胸が張り裂けそうな思いをこらえ、精いっぱいの笑顔をつくった。頭をなでながら「だいじょうぶ」と繰り返すと、長女はわずかな目の動きで母の呼び掛けに応えてくれた。
あれから1年4カ月。長女は元気を取り戻し、すくすくと成長している。命を救ってくれた医師や看護師らへの感謝は忘れない。
今回のように急性の心臓疾患で子どもが搬送される例は多くないが、女性の住む湖東地域では救命救急センターがない上、小児救急に協力できる小児科医がここ数年で13人から7人になり、小児救急、周産期医療の態勢が手薄だ。「病気のある子どもを育てる親としては不安。何とか改善してほしい」と訴える。
願いとは裏腹に県内では近年、常勤医師数の都市部への偏りが進む。県が昨年度に県内の60の医療機関を調べた結果、大津、草津、栗東、守山、野洲の5市で2003年度に比べて計89人増えた。これに対し湖東や湖北、湖西、東近江地域では計71人も減った。
新人医師が高度医療を担う病院勤務を希望することや、医師不足の過酷な現場が敬遠されて欠員が補充できず、医師が過重労働でさらに疲へいする悪循環も指摘されている。結果的に、住む場所によって「命の格差」が広がっている。
県は本年度から東近江、湖東、湖北での地域医療再生事業を開始。滋賀医科大(大津市)に寄付講座を設けるなど、地域医療に携わる医師を学生から養成する計画を進める。
目に見える成果が出るにはまだ数年が必要とされる。県医務薬務課は「その時まで医療現場をどう維持していくかが大きな課題」と話す。
一刻を争う命は、時と場所を選べない。女性の長女は8月で2歳になる。女性は時折ふと、ある不安を覚えるという。あと20分、いや10分、病院への到着が遅れていたら、この子の未来を守れなかったかもしれないと。 (林勝)
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